アンドロゲン受容体(AR)は男性ホルモンのアンドロゲンと結合して、正常な前立腺組織の発達や維持だけでなく、前立腺がん細胞の増殖や進行に関与するいくつかの遺伝子の発現を転写因子として調節する。ARが機能を発揮する際にコアクチベーターが動員されるとARによる転写活性化は亢進する。つまり前立腺がんで発現の亢進する、あるいは特異的に発現するコアクチベーターは前立腺がんの増殖を特異的に調節する因子であると言える。前立腺がんを含む多くの固形がんの生育する環境である低酸素がARの転写活性を促進することを見いだし、その分子機構に低酸素応答遺伝子の発現を調節する主要な因子であり、低酸素下でのみ発現する低酸素誘導因子(HIF)-1αが関与していることをHIF-1α siRNAによるノックダウン実験から証明した。しかしHIF-1αの過剰発現ではARの転写活性に影響がないので、HIF-lαが他の因子と共同的にARの転写活性化に寄与すると仮説を立て、前立腺がんで発現の亢進する既知のARコアクチベーターであり、HIF-1α結合能を有するβ-cateninに着目し、HIF-1αがβ-cateninによるARの転写活性化を亢進することを見いだした。β-cateninの発現レベルは低酸素下で変動しなかったが、核内β-cateninレベルが増加した。HIF-1aとβ-cateninは、ARの転写活性化に必須であるARのN末端ドメイン(NTD)とC末端のリガンド結合ドメイン(LBD)の相互作用(N-C相互作用)を促進することが判明した。さらにHIF-1αはそのC末端の転写活性化ドメイン(C-TAD)を介して、ARのN末端ドメイン(NTD)と相互作用していた。既知の報告と合わせて考えると、HIF-1αとβ-cateninによるAR転写活性化機構は、ARのNTDにHIF-1αのC-TADが、ARのC末端のLBDにβ-cateninのN末端ドメインが、そしてHIF-1αのN末端ドメインにβ-cateninのC末端ドメインが相互作用して、N-C相互作用を強化することによって引き起こされるものと推測された。
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