本研究は、絶滅危惧種でありながら食用として利用されているヤシガニの遺伝的多様性の保全に配慮した増養殖技術(ヤシガニ牧場)を確立する基礎として、幼生の行動特性の解明に基づいた種苗生産技術を開発するとともに、琉球列島における遺伝的集団構造の解明を目指している。本年度の成果は以下の通りである。1.卵発生段階を定量化し、ふ化までに要する積算温度との関係を明らかにした。2.ゾエアとメガロパの走光性を光量別(0および0.0031〜310□mol/s/m^2)に検討した結果、幼生は光に対して強い正の走性を示すことが判明した。また、走地性を光照射と暗黒条件で調べた結果、いずれの条件でもゾエアは分散・浮遊する傾向を示し、メガロパは沈降する傾向が強かった。3.湿度の高低と宿貝の有無を組み合わせた区を設定し、メガロパの上陸行動と脱皮・生残状況を調べたところ、いずれの条件でもメガロパは変態後1週間程度で上陸した。また、いずれも稚ガニへの脱皮がみられ、上陸後も海と陸を行き来する個体が観察された。メガロパは宿貝を利用し、上陸率および生残率は高湿度で宿貝を与えた区で高い値を示した。4.本種の分布北限に近い与論島において、16個体から自切させた第4歩脚の筋肉サンプルを得ることができた。これに加え、これまでに入手した与那国島、鳩間島、石垣島のサンプルを用い、無脊椎動物用のユニバーサルプライマーでミトコンドリアDNAのCOI領域の増幅を試みた。その結果、約573bpを増幅することができ、塩基配列を決定することができた。以上の成果により、幼生のふ化日が予測可能になるとともに、ゾエアおよびメガロパの適正飼育環境条件の一端が明らかになった。さらに、集団遺伝解析に向けた分析手法を確立することができた。
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