本研究は、絶滅危惧種でありながら食用として利用されているヤシガニの遺伝的多様性の保全に配慮した増養殖技術(ヤシガニ牧場)を確立する基礎として、幼生の行動特性の解明に基づいた種苗生産技術を開発するとともに、琉球列島における遺伝的集団構造の解明を目指している。本年度の成果は以下の通りである。 1.ゾエアとメガロパの走光性を光波長別(400~660nm)に調査した結果、どの波長においても正の走性を示したことから、光照射によって幼生の浮遊性を確保する場合、光波長を調整する必要性はないことが明らかとなった。 2.メガロパ変態後の飼育手法を開発するために、上陸時期が生残に及ぼす影響、並びに基盤と宿貝の有無が生残と行動特性に及ぼす影響を調査した。メガロパ変態後5日目と10日目に強制的に上陸させ、個別飼育したところ、10日目に移送した個体の生残率が高かった。また、陸と海を設けた小型容器にメガロパ変態当日の個体を複数尾収容し、宿貝を与えて飼育した。その結果、生残状況は転石を模した基盤を設置した区と基盤を設置していない対照区の間で大差はなかったが、基盤設置区では対照区より上陸個体の割合が高く、上陸個体は基盤下へ入る傾向が強かった。また基盤の有無にかかわらず飼育初期は海中での共食い、上陸後間もない時期には乾燥が大きな死亡要因であった。このことから、メガロパを飼育するには高湿度環境下で適度な基盤が必要であるものと考えられた。 3.宮古島においてヤシガニを捕獲し、歩脚を自切させて筋肉サンプルを得た。これまでに入手した与論島、北大東島、石垣島、西表島、与那国島産サンプルとともにミトコンドリアDNAのCOI領域(約573bp)の塩基配列を決定し、集団遺伝学的解析を行ったところ、琉球列島集団内の遺伝的分化の程度は低いことが判明した。 以上の成果により、ヤシガニの種苗生産技術の確立に向けた幼生の適正飼育条件の一端が解明されるとともに、遺伝的管理単位に関する知見が得られた。
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