胃内容分析は小型歯鯨類の食性研究に多く用いられているが、この方法では単位時間当たりの餌消費量を推定することは困難である。しかし、餌生物の消化時間と消化段階が明らかになれば単位時間当たりの餌消費量の推定が可能となるだろう。今年度の計画では、昨年度からの課題であったマサバ一尾の消化時間についての内視鏡観察の追加実験と、餌の量を変化させた場合にかかる消化時間の変化を調べる実験、さらに胃壁から抽出した消化酵素の活性を調べた。マサバ一尾の消化実験に関しては昨年からの継続で計31回の実験を行なった。その結果、給餌30分後には表皮が消化され、60分後には肉質部が消化されて形が崩れ、90分後には少量の肉質部と骨が残り、120分後には骨片を残すのみか空胃であった。肉質部が50%の確率で消失するまでにかかる時間はロジスティック回帰によって平均92分と推定された。餌量を変化させた場合の実験ではアヤトビウオを用い、1.25kg、2.5kg、5kgを給餌した場合の消化時間を内視鏡で観察した。その結果、1.25kgでは6時間後、2.5kgでは8時間後、12時間後の観察で空胃であることが分かった。酵素活性試験では、和歌山県太地町で捕殺されたハンドウイルカの主胃から抽出したペプシン様酵素の活性条件をpHと温度について調べた。その結果、pHについては2から2.5で最大活性が得られ、温度は50℃から60℃で最大活性が得られた。これらの結果から、イルカの胃内における肉質部の消化の進行とその速度が明らかになり、また、消化の生化学的条件についても一部明らかになった。胃内容物分析の結果解釈に有用な情報になると期待できる。
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