鯨類の食性分析は胃内容物分析による研究が多い。胃内容物分析では捕食する餌の種の判別、餌の個体数やサイズの推定は可能であるが、単位時間当たりの採餌量については時間尺度がないために原則として推定が不可能である。胃内での消化段階の進行と時間経過の関係が明らかになれば胃内容物分析の結果に対して時間的解釈が可能になり、単位時間当たりの採餌量の推定が可能になると期待できる。よって、胃内消化速度を明らかにするために、内視鏡による給餌後の消化の経過観察実験を行うこととした。また、実験結果の評価のため、人工消化液による餌の消化特性評価、および消化酵素の活性試験も補助的に行うこととした。 (1)内視鏡観察:絶食させたイルカに餌を与え、一定時間後に内視鏡で胃内の観察を行い、消化の進行過程を撮影する。画像はコンピュータに取り込み、各経過時間後の消化段階を評価し、平均的な消化経過を分析する。また、餌の種や量を変化させ、消化段階の進行過程や、空胃に至るまでの時間を計る。さらに、胃内容物分析時に主要な試料となる餌の硬組織が胃内から排出される速度について分析を行う。実験場所は沖縄美ら海水族館で行う。実験個体には美ら海水族館飼育のミナミハンドウイルカ等を用いる。機材には内視鏡OLYMPUS-V9-11223A、ビデオカメラ、データ取得処理用パソコン等を用いる。イルカは時前に内視鏡の受診訓練を受ける。実験時は美ら海水族館にて獣医および飼育スタッフとともに実験を行う。観察時には胃液を一部採取し、pHの測定も行う。内視鏡観察は原則として一回の実験給餌について一回だけとし、観察が消化の進行に影響しないように配慮した。 (2)人工消化液による餌の消化特性評価:餌は大きさや形、さらに消化されにくい構造物や成分によって種類ごとに消化速度が異なることが考えられる。この実験では特に外部構造物が消化速度に与える影響を評価する。実験にはペプシンと塩酸を主成分とする人工消化液を調製し、その中に餌として内視鏡実験で使用される魚の鰭を入れ、時間経過毎の重量減少率を求める。内視鏡観察では餌の種を変えて実験を行う。人工消化液による消化特性の評価は、内視鏡観察の結果解釈の際に参考情報として利用できる。 (3)消化酵素活性試験:胃内における消化の最適条件を明らかにし、内視鏡実験時の消化条件が好適であったかを検証する。標本は和歌山県太地町で捕獲されるハンドウイルカから主胃を採取して用いる。胃壁から粗酵素を抽出し、塩酸を加えてペプシンを活性化する。この消化酵素を含む溶液中で酸変成ヘモグロビンを基質として最大活性の条件をpHおよび温度について調べる。
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