乳牛の乳腺組織での乳タンパク質合成量の制限要因を探索するために、多種の代謝産物の基質となりうるアルギニンに着目し、アルギニンとその関連代謝物の乳腺組織における代謝動態を乳腺組織での動静脈差などをもとに明らかにすることが本研究の目的である。本年度は、特に分娩前後での乳腺組織における各種アミノ酸および尿素の動静脈差および取込み率とアルギニンの代謝動態との関連を調べた。 5頭の経産牛を用い、分娩20日前から分娩30日後まで5日間隔で尾動脈と乳房静脈血を採取し、血漿中遊離アミノ酸と尿素の濃度を測定した。分娩にともない飼料摂取量と乳量が増加しても、必須アミノ酸のうちアルギニン、ロイシン、ヒスチジン、フェニルアラニンの動脈血中濃度は分娩30日後まで有意に増加しなかった。必須アミノ酸の乳腺組織での動静脈差は分娩後増加した。乳腺組織の取込み率ではアルギニン、ロイシン、リジン、フェニルアラニン、スレオニンで分娩直後から急激に増加した。このことから、アルギニンは分娩直後から乳腺組織での需要が高く、乳腺組織にとって重要なアミノ酸であることが示唆された。アルギニンの代謝に関連のあるオルニチンとプロリンの動静脈差と取込み率も分娩後増加したが、シトルリンの動静脈差と取込み率は低く推移し、分娩後の増加もみられなかった。尿素の動静脈差は分娩後5から20日の間、負の値となり、乳腺組織から血中に放出されることが認められた。これらのことは、分娩後の乳腺組織での乳タンパク質生産の増加によって、各種の可欠アミノ酸に変換されうるオルニチンの乳腺組織での需要が増加し、それを補うのにアルギニンからの異化によってオルニチンが供給されることを示唆している。したがって、泌乳初期の乳腺組織でアルギニンは直接タンパク質の某質となる以外にも、可欠アミノ酸給源として重要な役割を担っている可能性が示唆された。
|