細胞は、ゲノムDNAを一旦mRNAに転写し、それを鋳型として蛋白質の生合成を行う。転写されたmRNA(+)鎖とゲノムDNAの(-)鎖は相補的であるので、そのままでは新生RNAとゲノムDNAは、ハイブリッドを形成する。しかしDNA:RNAハイブリッドは、ゲノムの安定性を低下させる原因となるだけでなく、細胞死やガン化を誘導する非常に危険な分子である。このため細胞は、DNA:RNAハイブリッドの形成を厳密に制御している。TREX複合体は、mRNAの転写伸長と核外輸送(細胞質への輸送)を共役する因子であり、欠損するとmRNA代謝異常だけでなくゲノム安定性も低下することを観察している。本研究は、mRNAが転写される際のDNA:RNAハイブリッドの形成制御メカニズムを、TREX複合体を用いて明らかにすることである。 今年度は、まずTREX複合体のなかで、ヒトから酵母まで必須であるUAP56/URH49に焦点を当て、RNAiによるノックダウンを行った際のゲノム安定性への関与を検証した。UAP56/URH49を別々にHeLa細胞でノックダウンしたところ、成熟mRNAの核外への輪送阻害とともにゲノムDNAの断片化を観察した。特にURH49の場合に顕著であった。次いでRNAiの際にDNAとアニーリングしたRNAを特異的に分解するRNase Hを同時に発現させるとゲノム不安定化が抑制された。このことからUAP56あるいはURH49がなくなるとDNA:RNAハイブリッドを生じることがわかった。さらにカスパーゼの阻害剤やカスパーゼ3のないMCF7でもゲノムの断片化が観察された。よって観察したゲノム断片化は、アポトーシスの結果ではなく原因であると考えられた。
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