研究概要 |
カロテノイドのCDスペクトルによる絶対配置の決定は、絶対配置既知の類似化合物のスペクトルとの比較による方法が主流であり、一部のねじれた共役系を有することが判明している系に限られていた。そこで、本年度は代表的なカロテノイドであるβ-イソクリプトキサンチンをモデル化合物として選び、その両対掌体および対応するベンゾエート体について、量子化学計算法によるCDスペクトルの計算と実測との比較から絶対配置推定の可能性について検討した。 (4R)-β-イソクリプトキサンチン(以下BICX2Rと略す)とそのベンゾエート体(以下BICX3Rと略す)について立体配座解析を行った後、CDの理論計算を行ったところ次の二つの特徴が観測された。(1)BICX2RのCDスペクトルでは三つのCDバンドが観測されているのに対して、BICX3RはよりCDバンドの数が多い。(2)BICX2RとBICX3Rはいずれも230nm付近に似たようなCDバンドを有する。(1)では、BICX3RのCDバンドの数が多い理由として立体配座平衡が関係していることが推察された。そこで、BICX2RおよびBICX3Rについて、量子化学計算(時間依存密度汎関数法;TD-DFT)を行い、実測のCDバンドの解析を試みた。BICX2Rの化学構造から,次の3種類の配座異性体が考えられる。1)メチル基とメチン基の間の立体反発によって引き起こされる、R1とR2の回転異性体,2)水酸基の回転(R3)による回転異性体,3)P1とP2付近のパッカリングによるシクロヘキサン環の立体配座異性体。BICX2RおよびBICX3Rの全ての立体配座についてTD-DFT計算により次のことが分かった。1)BICX2RのCDスペクトルに及ぼす立体配座の影響は,R1,R2>>P1,P2>R3の順に減少する。2)BICX2RおよびBICX3Rの実測CDの相違は、平衡状態における各立体配座の存在割合を反映している。3)230nm付近の強い正のCDバンドは立体配座の変化の影響を受けない。以上の解析を踏まえて、立体配座平衡にある本カロテノイド系において、立体配座の影響をほとんど受けない230nm付近の強いCDバンドに着目することでその絶対配置を推定できることが分かった。
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