本研究の目的は、マウスES細胞由来心筋細胞の分化成熟過程における分岐構造の解析により、発生過程での心筋自動能発現制御機構を解明することである。平成22年度の目標は、昨年度までに作成した分岐構造解析システムを用いて心筋ペースメーカー(洞結節型)細胞および固有心筋細胞モデルのパラメータに依存した分岐構造を解析し、心筋細胞の分化成熟過程における自動能出現・停止の非線形力学的メカニズムを究明することであった。実験で得られた心筋細胞の分化成熟過程における各イオン電流・細胞内Ca^<2+>動態の変化を分岐パラメータの変化としてシミュレートし、モデルシステムのパラメータ依存性分岐パターン(自動能発現・停止過程における安定性とダイナミクス)を「分岐図」により比較解析した結果、各イオンチャネル電流系・細胞内Ca^<2+>動態の役割に関する以下の結論を得た。 (1) 過分極活性化陽イオンチャネル電流(I_f)はNa^+チャネルをもつES細胞由来洞結節型細胞の自動能発現に寄与するとともに、過分極負荷に対するロバスト性を強化する。 (2) Na^+/Ca^<2+>交換電流(I_<NCX>)は細胞内Ca^<2+>動態を安定化する。I_<NCX>電流が比較的小さい場合、筋小胞体Ca^<2+>クロックによる自発性細胞内Ca^<2+>振動が自動能発現に寄与する可能性がある。 (3) L型Ca^<2+>チャネルが比較的小さい初期の心筋細胞では、細胞内Ca^<2+>動態に依存した自動能(自発性活動電位)が生じ得る。 (4) 内向き整流K^+チャネル電流(I_<k1>)増加に伴う分岐現象により、固有心筋細胞が生成される。 これらの結果は、発生過程での心筋自動能発現制御機構を明示するものであり、徐脈性不整脈の新たな治療法であるバイオペースメーカーシステムの設計においても極めて有用な理論的基盤となるものである。
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