本研究ではBHD産物(FLCN)の機能について、mTOR複合体が関わるシグナル伝達経路とサイクリンD1の発現制御機構への関わりを中心として分析を進めた。HeLa細胞においてFLCN発現を抑制した後には、ラパマイシン感受性mTOR複合体(mTORC1=mTOR-raptor複合体)の基質であるS6K1のリン酸化の抑制が生ずるが、その原因の一つにmTOR-raptor結合の抑制が関わっていると考えられた。一方、293細胞におけるFLCN発現抑制により、S6K1の基質として最近同定されたラパマイシン非感受性mTOR複合体(mTORC2)のサブユニットであるrictorのリン酸化が亢進することも見出された。S6K1のリン酸化レベルとrictorのリン酸化レベルには明らかな乖離があることから、mTORC1とmTORC2の相互機能連関にこれまでに知られていない機構が存在するものと考えられる。一方、FLCN発現抑制によるサイクリンD1 mRNAの発現亢進の分子基盤の探索を行った。ヒトサイクリン遺伝子(CCND1)の発現を制御することが報告されている約1kbのプロモーター領域は、レポーターアッセイにおいてFLCN抑制時特異的な活性亢進を示すことはなかった。一方、CCND1 mRNAの3'非翻訳領域をレポーター発現ユニットに組込んだところ、約3kbの領域のうち中央の約1kbがFLCN抑制時特異的な発現の亢進に関わる配列を含むと考えられた。この領域には発現を負に制御する複数のmiRNAの標的となる配列があり、実際それらのmiRNAの標的となる他の遺伝子発現にもFLCN抑制による発現変化が認められ、miRNA発現がFLCNによって制御を受けている可能性が示唆された。これらの結果はいずれも新規の知見であり、今後発がん機構の解明をさらに進める上で重要な手がかりとなるものである。
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