ビタミンA欠乏と癌化の関連性は疫学的に古くから指摘されているが、その分子機構の詳細は長年にわたり不明であった。レチノイン酸はビタミンAの生理活性体であり、細胞の増殖、分化、アポトーシスなどの基本的生命現象を特異的に制御する内因性物質である。また、レチノイン酸は種々の癌細胞に対しアポトーシスを誘導し、発癌過程を抑制する。一般に、癌細胞ではアポトーシスシグナルと生存シグナルの不均衡が存在するが、アポトーシス感受性の低下は、癌をはじめとする病的状態と直結する細胞機能異常である。申請者は、本年度までに、レチノイン酸代謝酵素であるCYP26A1の発現亢進に伴う個々の細胞レベルにおけるレチノイン酸量の減少が、癌細胞のアポトーシス感受性を著明に低下させる分子機構を解明した。また、この代謝酵素は、乳癌をはじめとする広範な癌組織で非調節性の高発現が見られ、生命予後および無病期間と有意な相関性を示す。さらに、CYP26A1の過剰発現に伴う腫瘍内微小環境でのレチノイン酸不足は、腫瘍細胞の悪性形質の獲得と密接に関連し、CYP26A1が新規の癌遺伝子であることを証明した。これらの研究成果は、社会的にも一定の評価を得た。一般に、核内受容体は創薬における重要な分子標的であるが、CYP26A1は核内受容体を含む転写機構全体を制御する上流の調節因子である。現在、CYP26A1を標的とする創薬研究の基本情報を得るため、CYP26A1プロモーターやCYP26A1による細胞内シグナルの変化を網羅的に解析中である。実際、CYP26A1の効率的な機能阻害法の開発に成功しつつあり、本研究は将来的な臨床応用に向けての基盤的成果となることを確信している。
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