研究概要 |
FOXP2遺伝子は言語関連遺伝子として報告され、その突然変異はヒトでは特異的言語障害を起こすことが知られている転写因子で、ヒトとチンパンジーとでは2つのアミノ酸の違いしかない。このアミノ酸の2つの違いがヒトで言語が発達した理由の一つとも推測されるが、この点を検索した研究は殆どない。そこで、本研究では、ヒトFOXP2とチンパンジーFOXPの標的遺伝子の違いを検討するために、ヒトとチンパンジーのFOXP2発現ベクターを作成し、別々に細胞内にトランスフェクトさせ、遺伝子導入細胞における全遺伝子の発現変化を検索した。解析する細胞の挿入染色体部位・発現時期などを厳密にそろえるために、フリップインリコンビナーゼ法およびTet ON OFFシステムを用いた。テトラサイクリン添加による外部FOXP2遺伝子発現誘導の有無下で293細胞の全RNAサンプルを抽出し、全RNAの発現の増減をマイクロアレイ法で検出した。その結果、ヒトFOXP2を発現することで有意差を持って変化した遺伝子数は1,671個で、そのうち促進された遺伝子が641個、抑制された遺伝子が1,030個であった。チンパンジーFOXP2を発現することで有意差を持って変化した遺伝子数は1,562個で、そのうち促進された遺伝子が794個、抑制された遺伝子が768個であった。その中にはヒトとチンパンジーで同一に変化する遺伝子、異なる遺伝子があり、ヒトとチンパンジーで標的遺伝子に大きな違いがあることが分かった。また、われわれのデータと、以前報告された国外の結果と比較し、FOXP2転写因子により有意に変動した遺伝子として7種類の遺伝子を同定できた。これらの遺伝子は、3つの実験系で陽性となった遺伝子であり、確実にFOXP2転写遺伝子の標的遺伝子と思われるが、個々の遺伝子をさらに詳細に解析していく必要がある。
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