脳梗塞により惹起される虚血性神経細胞障害の分子機構には未だ不明な点が多い。しかし、虚血時に亜鉛が神経終末から放出されること、高濃度の亜鉛が神経細胞死を惹起することから、脳虚血による神経細胞障害に亜鉛が深く関与していると考えられている。それゆえ、亜鉛による神経細胞死の分子機構を明らかにすることは、上記疾患の新規治療薬の開発につながる。本研究では、ヒト神経芽細胞腫SH-SY5Y細胞におけるアポトーシス関連遺伝子のBcl-2ファミリーの発現に対する亜鉛の作用ついて検討した。 亜鉛の暴露によるBcl-2ファミリーの発現変動についてRT-PCR法を用いて検討したところ、アポトーシス促進因子であるBH3-onlyタンパク質PUMAの発現が時間および亜鉛濃度依存的に著しく亢進した。 PUMAプロモーター活性も亜鉛濃度依存的に亢進したことから、亜鉛よるPUMAの発現誘導は転写レベルで起きていると考えられた。 PUMAの発現はがん抑制遺伝子p53により制御されていることが明らかになっている。そこで、 p53結合部位の変異PUMAプロモーターを作製し、その変異プロモーターに対する亜鉛の影響について検討したところ、亜鉛によるPUMAプロモーターの活性化がp53結合部位の変異により抑制された。また、亜鉛によりp53タンパク質の細胞内の分解も抑制された。さらに、 MAPキナーゼ阻害剤を用いた実験から、 ERK経路も亜鉛によるPUMA発現に関与していることが明らかとなった。以上の結果から、 p53経路とERK経路が亜鉛によるPUMA発現誘導を制御している可能性が示唆された。本研究により、亜鉛による神経細胞死の新たな分子機構が明となった。
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