本研究の目的は高血圧という酸化ストレス亢進状態において施行される抗酸化療法の有用性と危険性を酸化ストレスの二面性の観点から検討することである。心筋に対する慢性的酸化ストレスは心筋細胞死を促進し、心不全を惹起するが、純粋な抗酸化剤投与による酸化ストレスの排除は心筋保護的シグナルの発生を抑制して致死的虚血に対する耐性を減弱させる可能性がある。本研究では糖尿病ラットの心筋において酸化ストレスが誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS)を活性化して虚血耐性を獲得させるか否かを明らかにした。ラットにstreptzotocinを投与して糖尿病を作成し、その摘出潅流心にNOSの補酵素であるtetrahydrobiopterin(BH4)を投与して酸化ストレス、NO産生と心筋保護効果におよぼす影響を検討した。糖尿病ラットの心筋では酸化ストレスの亢進に伴ってiNOSの発現が増加した。糖尿病ラットにおいてBH4は酸化ストレスを抑制、NO産生を増加させ、虚血後の心筋梗塞サイズを有意に減少させた。BH4は心筋においてcGMPを増加させたが、心筋梗塞サイズの縮小効果はguanylyl cyclaseの阻害薬であるODQによって抑制されなかったことから、その心筋保護効果はNO-cGMPシグナル伝達経路とは無関係と考えられた。一方、BH4は心筋においてS-ニトロシル化タンパクを増加させ、心筋梗塞サイズの縮小効果はiNOS阻害薬の1400WとタンパクS-ニトロシル化阻害薬のdithiothreitolによって抑制された。以上の結果から、糖尿病ラットにおいて酸化ストレスはiNOS由来のNOによるタンパクS-ニトロシル化を介して虚血耐性をもたらしていることが明らかとなり、無定見な抗酸化療法の危険性が示唆された。
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