本研究の目的は糖尿病や心筋梗塞において心機能低下と心筋リモデリングにおける一酸化窒素合成酵素(NOS)の役割を検討することであった。野生型(WT)マウス、内皮型一酸化窒素合成酵素遺伝子欠損マウス(eNOS-/-)、誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子欠損マウス(iNOS-/-)および神経型一酸化窒素合成酵素遺伝子欠損マウス(nNOS-/-)にstreptozotocinを用いて糖尿病を作成するか、または左冠動脈を結紮して心筋梗塞を作成した。いずれの実験群においても4週間後の心機能はeNOS-/-マウスにおいて最も低下し、iNOS-/-マウスにおいて最も維持されていた。また、心筋リモデリングもeNOS-/-マウスにおいて最も進行し、iNOS-/-マウスにおいて最も抑制されていた。一方、WTマウス、eNOS-/-マウスおよびnNOS-/-マウスでは酸化ストレスの亢進とともにニトロチロシン生成増加がみられ、一酸化窒素の生物学的利用度は低下した。これらの変化はiNOS-/-マウスでは有意に抑制されていた。NOSの補酵素tetrahydrobiopterin(BH4)の前駆物質であるsepiapterinを糖尿病または心筋梗塞作成後に4週間投与したWTマウス、eNOS-/-マウスおよびnNOS-/-マウスではBH4の増加、酸化ストレスの抑制とともにニトロチロシン生成低下がみられ、一酸化窒素の生物学的利用度は著明に増加した。これらの変化はiNOS-/-マウスでは有意に抑制されていた。また、BH4はWTマウス、eNOS-/-マウスおよびnNOS-/-マウスにおいて心機能の改善と心筋リモデリングの抑制をもたらしたが、iNOS-/-マウスではそのような効果を発揮しなかった。以上の結果から、eNOSは糖尿病や心筋梗塞において心筋保護的に働くのに対し、iNOSは脱共役によって心筋障害的に作用することが示唆された。しかし、BH4を補充することによってiNOSの脱共役を抑制すれば酸化ストレスは軽減し、NOが心筋保護的に作用して心機能の改善と心筋リモデリングを抑制することが明らかになった。
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