研究概要 |
ダウン症児における一過性骨髄増殖症(TMD)の自然治癒機構を解明する研究の一環として、TMD芽球の増殖・分化に及ぼす造血因子の役割をin vitroの実験にて解析した。未熟な造血前駆細胞に作用する造血因子であるIL-3, stem cell factor(SCF), GM-CSFの3者は、TMDの腫瘍性幹細胞の増殖をつよく刺激するとともに、好塩基球への分化を誘導することが見いだされた。また細胞化学と電顕解析により、肥満細胞と好塩基球の両者の性格を兼ね備えたハイブリッド細胞も同時に出現することを発見した。一方、thrombopoietin(TPO)は増殖刺激作用は微弱であるが、巨核球への分化をつよく刺激することが見いだされ、この点も電顕解析にて確認された。培養中に出現するこれらの分化した細胞が、本当に腫瘍細胞に由来するのか、検体中に混在する正常な造血前駆細胞に由来するのかを確認する目的で、培養前後で遺伝子解析を行ったところ、ダウン症児のTMDで特異的に見られるGATA1遺伝子の変異が、検索した3例のいずれの症例でも認められた。このことは培養後に出現する分化した細胞が腫瘍由来であることを確認する結果である。TMD芽球ではGATA1遺伝子の変異のため、正常な全長型GATA1蛋白が産生されず、N端側の転写活性化領域を欠く分子量の小さなGATA1蛋白(GATA1sと呼ばれる)が産生されることが知られている。本研究にてTMD芽球の培養経過におけるGATA1蛋白の発現をウェスタンブロット法にて解析したところ、IL-3,SCF,GM-CSF,TPOのいずれの造血因子を用いた培養でも、芽球の分化に伴ってGATA1sの発現量は低下または消失するという事実が発見された。以上の研究結果は、TMDの自然治癒が芽球の分化に伴って起こる可能性を示唆するのみならず、腫瘍を規定する遺伝子異常が存在しても、その遺伝子産物である異常蛋白の発現は環境因子によって調節されうるという、腫瘍学上も大変興味ある事実が示されたことといえる。
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