研究概要 |
腫瘍細胞から分泌される神経成長因子(NGF)は,神経を成長させるだけでなく,腫瘍細胞をも成長させ転移を起こす。またNGFの分泌過剰は,シナプス伝達を修飾して痛覚過敏を起こす。これらが,がん性疼痛の原因となっているかもしれない。 水棲カタツムリの中枢神経細胞VD4とLPeDlを培養して,前者をシナプス前細胞,後者をシナプス後細胞とする抑制性シナプスを形成した。このシナプス構築時にNGFを含む培養液を用いると興奮性シナプスが構築され,大きなシナプス後電位が得られ,微小終板電位の発生頻度が著明に増加することを平成20年度に報告した。 平成21年度は,シナプス構築時にNGFを投与すると,軸索の数および長さが変化するか,シナプス前細胞からの神経伝達物質の放出が変化するか調べた。後者の測定にはFMl-43を用い,蛍光光学的手法を利用した。このシナプスはアセチルコリンを伝達物質とする化学シナプスであることがわかっている。実験によって,シナプス構築時にNGFを投与すると,軸索は有意に伸び,伝達物質の放出は有意に増加することがわかった。リドカインを投与すると,軸索の伸展,伝達物質の放出,微小終板電位の発生頻度の増加は抑えられた。リドカインの抑制効果は,シナプス構築中に投与したときだけ認められ,シナプス構築後に投与したときは認められなかった。 シナプス構築時のNGF投与は,軸索の過伸展,過形成,神経伝達物質の分泌増加を起こし,シナプス伝達の興奮性を高める。リドカインはNGFによるこれらの作用を抑制することが明らかになった。局所麻酔薬を用いる局所麻酔または術後鎮痛は,がん患者の周術期管理に優れた方法かもしれない。
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