全身麻酔薬は、高齢者の術後認知機能障害にみられるように、麻酔からの覚醒後に脳機能障害を残しうることが明らかになってきた。この原因としてわれわれは世界で初めて、概日リズムの乱れの可能性を示唆する生化学的証拠を報告した。これに基づき本研究では、ラットを用いて、概日リズムの乱れがイソフルランによる全身麻酔後の記憶形成能力障害を増悪させるという仮説を検討した。 8週齢のWistar-Imamichiラットを、(1)イソフルラン1.2%にて昼間に2時間全身麻酔を行う群、(2)同じ麻酔を夜間に行う群、(3)麻酔箱に空気のみを流し、昼間に2時間さらす群、(4)(3)と同様のことを夜間に行う群の4群に分け、8-armradial mazeを昼間群では48時間後、夜間群では60時間後より3週間毎日行った。この結果、麻酔をかけた群では対照群にくらべ、最初の1週間は、 mazeの8つのarm全てに入りきるのに要する時間、同じarmに2回入る頻度ともに悪化する傾向があったが、この差は2週間目からは見られなかった。 我々は以前に、夜間に麻酔をかけた群は昼間の麻酔群と比較し、海馬のアセチルコリンの概日リズムがより抑制されることを報告したので、今回、(1)群より(2)群でradial mazeの成績が悪化することを予想したが、この2群では全く差がなかった。 以上より、1.2%イソフルラン2時間の全身麻酔は、ラットの空間学習能を1週間程度悪化させるが、その後は回復することが示唆された。これは、同様の実験で、3週間にわたって悪化が続くとしたものと、全く影響がなかったものの2種類がこれまでに報告されているが、その中間の結果となり、より人間における観察に近いと考えられる。また、概日リズムの乱れはこの空間学習能への影響と関連していなかった。
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