脊髄後角の深層ニューロンにおける神経科学的研究は、表層ニューロンにおけるそれと比較すると遅れていると言わざるを得ない。これまで我々は、多くの深層ニューロンが侵害受容ニューロンに含まれるサブスタンスPやCGRP、ソマトスタチンに応答することを示してきた。そこで本実験では、侵害受容ニューロンの多くに含まれるサブスタンスP(SP)と、脊髄後角において侵害性の情報を修飾すると考えられているエンケファリン(Enk)に対する脊髄後角深層ニューロンの膜電流変化についてラット脊髄新鮮スライスを用いたパッチクランプ法により検討した。脊髄後角の深層ニューロンにおいて、自発性のEPSC(興奮性シナプス後電流)やIPSC(抑制性性シナプス後電流)が観察され、それらはグルタミン酸受容体の拮抗薬(CNQXとAP5)や、GABAA受容体及びグリシン受容体の拮抗薬(それぞれbicucullineとstrychnine)を投与することで消失した。これらの結果、後角深層における速いシナプス伝達はグルタミン酸(興奮性)とGABA・グリシン(抑制性)で行われていると考えられる。後角深層における約半数のニューロンは、Enk (1-5μM)とSP(1μM)の投与に対してそれぞれslow outward currents(緩やかな外向き電流)とslow inward currents(緩やかな内向き電流)を示した。これらの応答は、Naチャネルの遮断薬であるテトロドトキシンやCNQX/AP5/bicuculline/strychnine存在下においても観察された。これらのことは、投与したEnkやSPが、直接記録しているニューロンに作用したことを意味する。Enkに応答するニューロンの多くは(4/5cell)はDAMGO(μ受容体のagonist)とDADLE(μ受容体のagonist)の両方に感受性を示し、ダイノルフィン(μ受容体のligand)に感受性を示すものは少なかった(3/15 cell)。今回、記録した脊髄深層ニューロン(n=30)のうち、半数のニューロンはEnkとSPの両者に応答し(n=15)、Enkだけに反応をするニューロン(n=1)やSPにのみ反応するニューロン(n=3)はわずかで、残りのニューロン(n=11)はいずれにも応答しなかった。これらの結果、脊髄深層ニューロンはSPとEnkの両者に感受性を示すニューロンとそうでないニューロンに大別することができ、前者は侵害情報の入力を受けながらエンケファリンにより抑制性に修飾される可能性を示唆している。
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