研究概要 |
一側内耳障害後に起こる眼球運動および体平衡の障害は日数とともに軽快し、前庭代償と呼ばれている。障害後も末梢内耳機能は回復しないことから、前庭代償には中枢神経系の可塑性が関与していると考えられている。現在のところ内耳障害自体の根本的な治療法はないため、前庭代償を促進する分子が同定できれば、内耳障害によるめまいやふらつきの薬物治療に直接結びつくものと考えられる。一側内耳破壊後には破壊側前庭神経核の電気活動性が低下する。その後に引き続いて起こる前庭神経核の電気活動の左右差の改善が前庭代償の神経メカニズムと考えられている。我々はこの神経系の可塑的変化の物質的背景に関して、一度に数万種類の既知の分子について遺伝子発現の差を検討できる、DNA microarray法を用いて内耳破壊後に左右の前庭神経核で発現に差のある遺伝子群を世界で初めて同定した(Horii et al., J. Neurochem 2004)。本年度の研究ではその結果を元にして、細胞内カルシウム濃度の調節に関与する電位依存性カルシウムチャネル(voltage gated Ca channel, VGCC)、カルシウムポンプ(plasma membranc CaATPase, PMCA)と、細胞内カルシウムにより活性化される蛋白脱リン酸化酵素であるカルシニュリン(calcineurin)の遺伝子発現の変化をreal-time PCR法を用いて追試した。その結果、これらの遺伝子はDNA microarray法、real-time PCR法のいずれにおいても内耳破壊6時間後に破壊側の前庭神経核で発現上昇が確認された。異なる2つの方法において同じ結果が得られたことから、これらの遺伝子群の発現変化が前庭代償の発動に関与する可能性が示唆された。次年度以降はこれらの遺伝子発現の経時変化に関して研究する予定である。
|