種々の未梢前庭障害時に、前庭神経系の可塑性のマーカーとして、リン酸化CREBの発現が前庭神経節細胞に認められることが分かっている。このことから、前庭神経節細胞にリン酸化CREBの発現をきたしうる薬物が、前庭障害時の治療薬となる可能性が十分考えられる。以上の点が現在実際に臨床で用いられている薬剤で検証されれば、ふらつきでQOLが低下している、特に高齢者にとっての福音となる点で重要な意義を持つ。 モルモットの一側中耳腔にクロロホルムを注入することで、一側末梢前庭障害モデルを作成した。この障害モデルに対して、神経細胞にCREBのリン酸化をきたす薬物のひとつである三環系抗うつ薬であるアミトリプチリンを、障害後24時間から1週間連日全身投与した。コントロールとして同量の生食を投与した群も合わせて作成した。障害前、障害後1か月で振子様回転検査を行い、前庭眼反射(Vestibulo-Ocular Reflex : VOR)を記録して、前庭眼反射の利得(VOR gain)を算出した。アミトリプチリン投与群では、障害後1か月の時点でのVOR gainの回復が良好である傾向にあった。 抗うつ薬は、CREBのリン酸化を誘導することでBrain-Derived Neurotrophic Factor (BDNF)の産生増加を促進して細胞新生に寄与するといわれており、このたびVOR gainの回復が促進されたのも前庭神経系に対して同様のtrophicな作用をきたした可能性が考えられる。近年、三環系抗うつ薬よりも、SSRI、SNRIといった薬剤が一般的には臨床上使用しやすく、かつ、アミトリプチリンよりも強力なCREBリン酸化を介したBDNF増加作用が期待できるという報告もあり、現在これらの薬物を用いて同様の前庭障害に対する効果を検討中である。
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