下咽頭癌は、早期に症状が出現しにくいため、一次治療の症例のおよそ9割が進行癌(IV期)であり、IV期症例の5年生存率は30%程度と報告され、頭頸部癌の中で最も予後不良な癌腫である。この下咽頭進行癌に対する治療課題は、局所制御と機能温存、そして遠隔転移の制御である。特に進行癌の死因の多くは、遠隔転移によることから、早期診断法や遠隔転移の制御法の開発に向けた取り組みは必須である。 本研究では、下咽頭癌臨床検体を用いた遺伝子発現解析から遠隔転移に関わる遺伝子として、神経ペプチドであるニューロテンシン(NT)と、NTのレセプターであるニューロテンシンレセプター(NTR)を選択した。NTのアンタゴニストJMV449を用いた解析およびNTRのsiRNAを用いた解析から、NT-NTRのシグナルが下咽頭癌細胞の転移に重要な役割を担っている事を証明した。更に、NT-NTRシグナルにより発現が誘起される遺伝子としてIL8やMMP1を探索した。下咽頭癌の遠隔転移に関わるパスウエイの解明と共に、これら遺伝子の発現制御メカニズムを解明する為、新しい概念であるmicroRNA(miRNA)の解析を行った。臨床検体を用いたmiRNAプロファイリングから、複数のmiRNAが癌細胞で発現抑制されている事が判明した。発現抑制されているmiRNA(miR-133a、miR-145)を下咽頭癌細胞に導入する事により転移や浸潤を抑える事を見出した。miRNAはタンパクコード遺伝子の発現を抑制する事が知られており、NT-NTRの発現亢進にはこれらmiRNAの関与があると考えられる。下咽頭癌細胞においてはNT-NTRシグナルを介してIL8やMMPの発現が誘導される事がはじめて証明された。これら遠隔転移に関わる遺伝子は、下咽頭癌の早期診断法や遠隔転移の制御法の開発に重要なヒントを与えるものと考える。
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