ドライアイの病態解析や新しい治療法の開発のために、涙液成分、特に脂質成分の詳細な分析を行った。濾紙で採取した涙液試料からミクロ液体クロマトグラフィ(HPLC)とエレクトロンスプレー-質量分析計(ESI-MS)を用いた分析法によって、脂質の網羅的解析を行う方法を試みた。HPLCとESI-MSをオンラインで接続した分析法では1つの試料から数百種類以上の成分を高感度に同定、定量することが可能であった。脂質のうち、特にリン脂質に注目した分析を行い、シェーグレン症候群患者涙液においてフォスファチジルコリン(PC)のC16:0、C18:1とC18:0、C18:2が減少していることが示された。これらのPCは肺胞液中で界面活性作用を司る重要な分子であり、涙液においてもその安定性に寄与する分子と考えられた。従って、このPC分子が疾患マーカーもしくは新規治療法の標的になる可能性がある。 また、生体内での涙液脂質の動態を検討するために遊離脂肪酸にフルオレセインを結合させたマーカーを用いてフルオロフォトメトリーを行った。涙液脂質のターンオーバーは0.93%/minと涙液水層の10.3%/minの約10分の1であり、油層の交換率は涙液水層の交換率とよく相関することが示された。涙液中の脂質成分の交換は非常に遅く、脂質は眼表面に長く留まることが示唆された。HPLCとESI-MSによる分析では、涙液の油層成分はマイボーム腺分泌物の脂質とはかなり成分が異なり、マイボーム腺分泌物にはPCなどのリン脂質が含まれないことも示されている。これらの研究結果から、涙液に含まれる脂質成分の由来や交換・排出様式などの動態を解明していくことも重要と考えられた。
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