研究概要 |
メカニカルストレスと顎骨のリモデリングとの関係が注目されている.本研究は,補綴診療により骨内部に安全で望ましいストレス環境を誘導し,これにより高齢者の口腔機能と形態の保全を目指す,新しい診療アプローチを推進するものである.平成21年度においては,前年度までに得られた被験者ごとに個別の力学モデルを用い,様々なパラメータを指標として力学解析を行った.被験者個々のモデルに咬合力のデータを代入し,下顎骨の各部に生じる応力と歪みの分布を算出した.このうち代表的な分析結果(Journal of Dentistry 37 (7) : 541-548, 2009)を以下に要約する.大臼歯部を欠損した患者の小臼歯歯周組織に起こる力学的環境の変化と,義歯装着がこれに及ぼす影響を明らかにするため,患者個々の画像データを元にした三次元モデルと口腔内で計測した咬合接触部位と咬合力を基に,小臼歯部の歯周組織に生じる歪みと応力の分析を行った。被験者は下顎の両側大臼歯部が欠損し,部分床義歯を支障なく使用中である女性患者(欠損群,n=7,51歳~69歳)とし,健常な歯列を有する同年代の女性を対照群(n=7,50歳~68歳)とした。各小臼歯の咬合力負担,皮質骨の最大主歪みおよび歯根表面の最大主応力の値は,欠損群の被験者間で大きくばらつく傾向を示したが,いずれの結果も,欠損群は対照群と比較して有意に大きな値を示し,またそれらの値は義歯を装着しても低下しなかった。皮質骨の微小破壊を引き起こすと考えられている限界歪みを超える大きな圧縮歪みを示す被験者も数名見られ,歯根破折の高いリスクを示唆する最大応力を示す症例も見られた。本研究の結果から,大きな咬合力を示す患者においては,両側の大臼歯部を喪失することが,最後方歯群となる小臼歯の歯周組織の力学的環境に強い影響を及ぼすことが示唆された。
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