我が国の急速な高齢化に伴い、寝たきりや痴呆高齢者の増加は大きな社会問題となっている。要介護高齢者は口腔環境が劣悪になりやすく、口腔内が不潔になると誤嚥により発熱や肺炎のリスクが高まることが懸念されている。近年、要介護高齢者への口腔ケアが発熱や肺炎を抑制することを示す研究より、口腔細菌への関心が高まっている。これまでの高齢者の発熱や肺炎に関連する研究では、特定の細菌を病原因子として調べた研究が行われてきたが、口腔フローラを網羅的に分析し発熱や肺炎との関連を調べる研究は非常に重要な意味を持つと考えられる。 本研究の目的は、要介護高齢者に対して舌の湿潤度を含めた口腔健康状態を調査し、舌苔を含む口腔フローラの分析を行うことで、発熱や肺炎発症と口腔フローラとの関連性を明らかにすることである。 口腔内の多様な細菌叢の解析手法を検討するために、口臭の主な原因物質である口腔の揮発性硫化物濃度(VSC)と口腔細菌叢との関連について分析を行ったところ、口腔細菌叢のパターンはVSCレベルと有意な関連があることが明らかになり、口腔細菌叢の分析評価は口腔健康状態の評価指標となり得る可能性が示唆された。そこで、高齢者施設および入院高齢者の口腔診査および舌苔試料の採取を行い、発熱や肺炎発症についての縦断的な調査を行った。その結果、舌苔細菌叢のパターンは、嚥下状態など他の因子とは独立して高齢者の発熱や肺炎発症と密接に関わっていることが明らかになり、口腔細菌叢の評価が口腔の健康だけではなく全身の健康状態を評価する指標となる可能性が示唆された。今後の研究では、要介護高齢者における経口摂取者と非経口摂取者の口腔細菌叢を比較し、口腔からの摂食と口腔細菌叢との関連および両者の違いが全身の健康状態に及ぼす影響について明らかにできればと考えている。
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