延命治療の差し控えと中止に関して、医療現場では深刻な問題が発生している。これまで我が国では、政府が一般市民や医療者を対象に終末期医療に対する大規模な意識調査を5年毎に行うなど、意識調査としては行われてきたが、医療者の実践に関する調査は稀少であった。しかし、今、重要なのは、臨床現場は実際にどのような問題を抱え、どのように対処し、その対処法を決定している要因は何であるかなどを把握した上で、対応を検討することであると考える。そのために、研究代表者の甲斐らは、平成18〜19年度に、救急医療現場における延命治療の差し控えと中止に関わる探索的な質的研究を実施し、平成20年度はこの調査の結果を分析した。それによると、延命治療の中止に関しては、一般的に知られた法的・社会的な問題以外の重要な問題として、医師側の心理的障壁があることが示された。また、救急医は、患者の人生の最終段階が自分を含めた医療スタッフと患者家族にとって「受け入れ可能な状態」となるよう、「軟着陸」を目指した末期医療を実践している様子が浮かびあがった。平成20年度は、これらの知見が量的調査によって支持されるかどうかを確認すべく、同知見をもとに仮説を組み、大規模な量的調査を実施した。末期患者のなかでも、更なる医的介入が医学的には無益であることが明らかな脳死患者の扱いに焦点を当て、「脳死患者における延命治療の中止に関する調査:人工呼吸器を中心に」と題した調査を実施した。対象は日本救急医学会の医師会員のうち、所属が救急科あるいは脳神経外科である約2800名で、脳死患者における臨床上の意思決定の実際と関連する諸問題を探った。平成21年度は得られた約930名(有効回収率:33%)の回答を分析し、関連する学会での報告、論文執筆を行い、我が国における具体的な政策提言につないでいきたい。
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