本研究は、アジアに進行する伝統武術の観光化現象を取り上げ、その発生経緯と観光化武術の文化性について明らかにすることをめざすものである。3年度計画の初年度にあたる本年度は、インドネシア、シンガポール、韓国、それに国内において観光化武術の調査をおこなった。インドネシアにおいてはインドネシア・シラット協会、シンガポールにあってはシンガポール・シラット協会において近年のシラットの観光資源化情報を収集し、韓国においては忠州世界武術蔡についての情報収集をおこなった。昨年で9回を迎えた忠州世界武術祭は、2002年開催時に韓国がリードする形で世界武術連盟を結成しているが、武術祭と一体を成したその活発でグローバルな活動により、今般、同連盟が無形文化遺産を管轄するユネスコの公式機関の候補となることが決定し、これにより武術の観光化は世界的な規模で加速することが予想される。こうした進展に果たした忠州武術祭のはたらきは大と評価される。今後、世界におこなわれる伝統武術は、これをきっかけに、多くは政府による掘り起こしと観光化変容を経験することになり、そこでさらに詳細な調査の行われる必要が出てこよう。とりわけ中国は武術観光化の先進国であり、すでに高い評価を定着させている少林寺をモデルにして舞台芸術化など新しい観光化の形を生起させており、緻密な調査が待たれる。その時には、観光化に伴う武術技法の変容過程をデータ化することや、著作権にも考察のまなざしを注ぐことが要請されよう。
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