本年は昨年度の「リューベック事件」についての執筆の結果明らかになってきた、19世紀のドイツ医師会の成立と、生理学の学的成立の問題を中心に研究を進めた。 特に、近代医学の制度的確立の問題は、実に18世紀後半から始まった「臨床医学」の確立への努力に内在した治療のコンセプトの対立、「自然治癒説」と「人工治癒説」の対立のひとつの解決の方向を示しているが、その解決において、治療のコンセプトの歪曲化が生じたのではないか。 近代医学は19世紀半ば以後「実験医学」の方向をとり、人間の自然科学的理解を前提し、「病気」を自然科学的に理解し、そのメカニズムから「治療法」を確立する道を歩んできた。このことによって、「実験対象」としての人間もまた「対象動物」と同等の扱いを受け、その結果として「人体実験」の正当化が行われ、悲劇的な「リューベック事件」を迎えることになった。 この背後に「近代医学」と「自然療法」の対立があり、前者が後者を駆逐するプロセスでもあり、職業として「近代医学」が確立することになる。そこに、「医学の危機」という近代医学と自然療法の相克という事態が生まれていた。この相克はまさに「近代医学」が職業としての危機にあるという経済的な問題とともに、コンセプトそのものの危機でもあり、今日の「医療倫理」の方向が生まれてきた。
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