本研究は、アラスカ先住民文学興隆を後押ししている大学での実践的教育と、先住民社会独自の物語継承の取り組みを現地で調査し、新たな文学教育の可能性を探るものである。平成20年度は、特に幼少期の児童に先住民の物語や文化がどのように教えられているのかを調べることを目的とした。事前の研究者への問い合わせでは、各先住民社会が独自で取り組んでいるものの、20以上もあるグループの取り組みの全容は把握されていないということであった。 現地調査は3月に行った。対象の施設は主にAlaska Native Heritage Center(アンカレッジ)、The Anchorage Museum(アンカレッジ)、Haines Elementary School(ヘインズ)である。調査の中で分かった点を2点だけ挙げると、まずアラスカ先住民社会が外部との連携を模索している点である。たとえばHeritage Centerは、従来、部族の伝統文化や特有の生活様式を発信することを重視していた。が、今回見た限りでは本土の先住民をはじめ他のマイノリティ・グループとの連携を示すなど、多民族共生を訴える主体として活動を始めていることが感じられた。 第二は、公教育の下支えへの地域住民の努力である。先住民社会を含め、アラスカ地域社会では離婚、貧困、暴力、虐待など問題を抱える家庭は多い。今回調査をしたヘインズでは、問題を抱えた子供と親の両方を支援する機関が機能していた。子供の集中力不足や不安定な感情は家庭の問題が関係していると考え、担当者が問題を抱えた親を電話や面談でケアする一方で、児童には授業時にも補佐員がつくなど手厚い支援が見られた。子供が心穏やかに授業を受け、静かに大人の声に耳を傾ける環境作りに力が注がれており、それが物語を語り/聞く重要な素地であることに気付かされた。 今年度はチルカット族の語り部への聞き取りを中心に、先住民の物語伝承の現状をさらに追ってみる予定である。
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