研究概要 |
本研究では,技能の熟練者が有する経験に関わる認知特性を,実験心理学的手法を用いて検討することを目的としている.昨年度に引き続き,テニス競技の熟練プレーヤーの予測技能について検討した.課題は,テニスの相手のストロークの一連の映像を見て打球方向を予測することであった.テニスの熟練者と非熟練者が実験に参加した. 刺激映像を遮蔽するタイミング(-330ms,-165ms,-99ms,インパクト,99ms,165ms,330ms),フェイント(あり,なし),打球の速度(高速,低速)の3つの要因を設定した.結果,熟練者,非熟練者とも,打球の方向はインパクトの瞬間を見ればある程度予測でき,インパクトから99ms後まで見ればさらに成績が上がることが明らかになった.さらに,熟練者はフェイントの有無に関わらず,どの遮蔽条件においても非熟練者に比べて予測の正答率が高く,インパクト以前のより早い段階から情報を有効に使えることが示された.すなわち,熟練者が打球方向予測を非熟練者よりも高い精度で早い段階で実現する際に経験に関わる認知過程が重要な役割を担うことが示唆された. さらに,技能の熟練度の高低が経験に及ぼす影響を眼球運動の違いから検討した.打球方向予測課題を行っている際の眼球運動を分析した.熟練者と非熟練者で注視箇所とその割合は大きくは違わず,インパクトエリアに目を向けることが多かった.一方で,熟練者は非熟練者に比べて,より広い空間に意識を向ける必要があるクロス方向への打球に対してサッカードを行った回数が少なかった.その原因として,テニスの競技場面において,有効視野,すなわち打球方向に関する情報を眼球を運動させることなく処理できる領域が,熟練者の方が非熟練者よりも広いという可能性が示唆された. 今後さらに,熟練者の状況に応じた行動がどのようにして生み出されるのかについて,その認知的側面を検討していく.
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