本研究は、μgオーダーの分子性化合物の微結晶を用いて電子系の相転移を高感度に検出するために、MEMS(micro electro-mechanical systems)加工したチップ型カロリメーターTCG3880(Xensor社)を用いた熱測定装置を作成し、低温物性研究への展開の可能性を開く開発研究である。 平成21年度は、前年度作成した装置を用いて、電荷秩序形成をおこす電荷移動塩であるθ-(BEDT-TTF)_2RbZn(SCN)_4の徐冷状態の熱容量と、100K/min程度の急速冷凍によって電荷秩序転移をおさえ凍結させ状態での熱容量の対比を行った。徐冷相の場合、190K付近に一次転移によるシャープなとびが観測され、バルク測定で得られている性質を定性的に再現することができた。次いで、二量体性の強い有機超伝導体であるκ-(BEDT-TFF)_2Cu[N(CN)_2]Br塩のBEDT-TTF末端のエチレン基のガラス化に関係した相転移の検出を行った。 次いで、より低温領域での測定を可能にするため信号回路の高感度化を進めた。特に温度制御系のヒーター出力の与える微弱信号への影響を排除するため高精度の定電流電源のスープモードを用いた温度制御を行うことによって信号の安定化を実現した。この低温制御系を用いることによってκ-(BEDT-TFF)_2Cu[N(CN)_2]Brの11.6Kにおける超伝導転移の検出と、スプリット磁石と組み合わせた平行磁場の印加による超伝導転移のピークの抑制の様子を1μg程度の単結晶試料1個によって測定することに成功した。さらに低温領域に超伝導転移をもつ(TMTSF)_2ClO_4の超伝導転移に関する熱異常も検出感度は落ちるが確認することが出来た。こうしたチップカロリーメーターは、有機導体、超伝導体の低温電子物性の研究に非常に有用であることが明らかになった。
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