本年度は、垂直磁気異方性を有するYIG膜に対してスピン波パケット伝送実験を行った。さらに、マイクロマグネティクス計算により、パケット群速度の垂直磁気異方性エネルギー依存性、およびパケット振幅の減衰特性について調べた。 (1) 強磁性共鳴スペクトルを測定し、その線幅よりYIG膜のダンピング定数を見積もったところ、0.09程度であった。また、試料振動型磁力計を用いて測定した飽和磁化、および磁気異方性エネルギーを用いて、マイクロマグネティクス計算によりスピン波パケットの振幅減衰特性を調べた。その結果、ダンピング定数0.09のYIG膜の場合、振幅が1/eに減衰する距離が1μm(磁気異方性等価磁界H_kが1 kOeのとき)であり、H_kの増加に伴って減少することがわかった。 (2) スピン波励起コイルとスピン波検出コイルの距離が減衰長以下の素子を作成し、スピン波パケットの検出を試みた。その結果、YIG膜内に励起したスピン波パケットからの誘導信号を検出することに成功した。ただし、YIG膜の飽和磁化が小さいため、誘導信号強度が非常に小さかった。スピン波伝送デバイスでは、読み出し信号強度の増加が動作速度の高速化につながる。したがって、実デバイス化に向けて、さらに飽和磁化の大きな垂直磁化膜を伝送線路として用いる必要がある。 (3) マイクロマグネティクス計算により、スピン波伝送路として面内磁化膜と垂直磁化膜を用いた場合の伝播速度を比較した。静磁場表面波が励起される面内磁化膜の場合、バイアス磁界により磁化の復元力が増加すると群速度が減少する。これに対し、垂直磁化膜では静磁場前方体積波が励起されるため、スピン波パケットの群速度が磁気異方性エネルギーの増大に伴い単調増加し、H_k=4kOeで8μm/nsに達する。以上より、高速動作の観点から垂直磁化膜がスピン波パケットの伝送線路に適していることがわかった。
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