遺伝子操作が可能なマウス、線虫、ショウジョウバエは、脳のメカニズムを体系的に理解し、さらに神経系疾患の病態の解明や治療法の開発に欠かすことができないモデル動物となっている。しかしながら、ヒトの言語の基盤となる音声制御機構のように生後の発達と密接に結びついた学習メカニズムについて、マウスをはじめとする従来のモデル動物では詳細に研究することが困難であり、分子遺伝学を駆使できる新たなモデルシステムが必要とされている。Passeriformに属する鳥類は、ヒトの言語と良く似たプロセスを経て個体間の意思伝達手段である音声シグナルを獲得することが知られている。これらの鳥類には、ヒトの言語領域のように音声制御に特化した神経回路が存在し、哺乳類の大脳皮質-基底核-視床から構成される運動系神経回路と相同であることが明らかになってきた。したがって、これらの鳥類の音声制御機構を研究することで、ヒトの言語の基盤となるような脳メカニズムの解明が期待されている。本研究では、音声学習に関して分子から行動レベルまで体系的に研究できるモデル実験系を確立することを目標として、ゼブラフィンチにおける分子遺伝学的な遺伝子操作法の可能性を追求した。 神経細胞特異的なプロモーターの下流にマーカーとしてGFPを発現するコンストラクトを含むウイルスベクターをゼブラフィンチの初期胚にインジェクションを行い、人工ふ化を行った。その結果、マーカーを発現する動物個体を得ることができた。今後は導入遺伝子が次の世代に伝達されるか検証していく。現在のところ、文献的にゼブラフィンチを含むPasseriformに属する鳥類での遺伝子操作技術について報告はない。本研究の成果は、ヒトの言語のように生後の発達と密接に結びついた学習機構についての分子遺伝学的アプローチの突破口になると期待される。
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