心不全の慢性変化および難治性変化の分子生物学的機序を明らかにするために、遺伝子そのものにおけるエピジェネティックな変化に注目し、心不全の病態解明を目指すことを本研究の目的とした。 心不全においては胎児期において特異的に発現していた蛋白が再度発現上昇することが知られており、病態とのかかわりが示唆されている。なかでもANPおよびBNPと呼ばれる胎児性ペプチド蛋白は心不全の治療薬として使用されているばかりでなく、心不全により極端に発現誘導されることから、心不全重症度の診断にも臨床現場で汎用されている。ところがその発現誘導のメカニズムはいまだ不明であった。 本研究において、我々は慢性心不全におけるANPおよびBNPの発現誘導に従来考えられていた転写因子以外の因子が強く関与することを明らかにした。双方の遺伝子周辺のヒストンの修飾を詳細に検討することにより、その修飾および遺伝子上での分布が変化することを見出し発現変化との関係を明らかにした。このことは心不全の病態を感知して発現誘導されるこられの遺伝子群は従来とは異なる分子機構あるいは遺伝子領域を必要とすることを示唆する。興味深いことにはこれらの変化は急性の発現誘導では観察されず、慢性の心不全において発現誘導されるときのみ観察された。このことは慢性疾患においては、繰り返しおこる発現誘導刺激により遺伝子自身が独自の分子機構をとって遺伝子発現を調整していることを示唆する。この考えは他の臓器における慢性疾患にも当てはまる新しい概念と考えられる。さらに、ヒストン修飾に関与する重要な分子であるヘテロクロマチンプロテイン1という蛋白の生化学的解析も合わせて行いその特異的な酸化ストレスに対する応答性、それにかかわるAMPKというキナーゼの機能も明らかにした。これらの成果は慢性疾患の概念を変化させその解明へ向けた戦略のパラダイムシフトとなると期待される。
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