造血幹細胞を用いた遺伝子治療で一般的に用いられるレトイロウイルスベクターは染色体にランダムに挿入される性質を持ち、がんを発症する危険性がある。この危険性を回避する目的で、本研究では目的タンパクと膜透過性ペプチド(アルギニンが8つtandemに並んだもの)の融合タンパクを発現するベクターを作製し、その機能を確認した。モデル系としてLnkタンパクを用いた。Lnkタンパクは造血幹細胞増殖因子の一つであるTPOからのシグナル伝達物質Jak2の機能を調節するアダプタータンパクである。まず初めにLnkタンパクまたはドミナントネガティブLnkタンパクと膜透過性ペプチドの融合タンパクを発現するベクターを作製し、大腸菌に産生させ、最終的に膜透過性ペプチドと融合させたタンパクを精製した。これらのタンパクを培養液中に添加すると培養細胞質内へ高率に移行した。このうち膜透過性LnkタンパクはJak2発現細胞株のTPOによる増殖反応を抑制した。さらにこの増殖抑制はアポトーシスの誘導によることを証明した。同様のアポトーシス誘導はJak2が恒常的に活性化されている白血病細胞株HELでも観察された。以上のことから、膜透過性LnkタンパクはJak2活性化が関与する骨髄増殖性疾患および白血病でアポトーシスを誘導し治療効果を発揮できるものと期待される。一方、ドミナントガティブLnkタンパクは造血幹細胞を増幅する。現在、膜透過性ドミナントネガテブLnkタンパクを用いて造血幹細胞増幅機序を検討中であり、造血幹細胞をex vivoで増幅する技術の開発につながることが期待される。
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