近年、エピジェネティクス研究により、うつ病の病態生理とヒストンアセチル化を介したクロマチンリモデリングによる遺伝子発現の変化との関連が示唆されている。 ピストン脱アセチル化酵素阻害剤であるsodium butyrate(SB)の抗うつ効果の可能性は報告されているが、その詳細な作用機序は不明である。本年度は、SBによる抗うつ効果と、その生物学的な作用機序の解明に向けて、以下の研究を行った。 1. 生理食塩水とSBを単回および繰り返し投与したラットを用いて、オープンフィールド試験、高架式十字迷路試験、強制水泳試験を行い、自発運動量、不安行動、うつ病様行動の評価を行った。その結果、SBは繰り返し投与によって抗うつ効果を示し、また、その作用は自発運動量の上昇や抗不安作用によらないことが示唆された。 2. 1.で得られたSBの抗うつ作用の標的分子を同定するため、生理食塩水とSBをそれぞれ繰り返し投与したラットの海馬より得たメッセンジャーRNAを用いて、Affymetrix社のRat Genome 230 2.0 arrayにてcDNAマイクロアレイを行った。その結果をAffymetrix Expression Console Softwareを用いて解析し、10個の候補遺伝子を同定した。 3. 2.で得られた10個の候補遺伝子に関して、2.で作成した海馬のメッセンジャーRNAを用いて、逆転写反応を行った後に、リアルタイムPCR法にて再現性を検証した。その結果、SB群で、トランスサイレチン(Ttr)の有意な増加や、またセロトニン2A受容体(Htr2a)の有意な減少などを認めた。 4. 3.で得られた結果のうち、SB投与によるTtr遺伝発現上昇とラット海馬におけるヒストンアセチル化との関連を検討するため、生理食塩水とSBを繰り返し投与したラットの海馬を用いて、Western blot法とクロマチン免疫沈降法を行った。その結果、SB投与による、ヒストンアセチル化を介したTtr遺伝子発現上昇を認めた。 以上の結果から、SBによる抗うつ効果は少なくとも部分的に、TtrとHtr2aの遺伝子発現変動を介したものであることが示唆された。
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