研究概要 |
現存する平安・鎌倉期の古写本は完本としては極めて稀であるが,掛軸などに利用されたため断簡としては大量に伝来している.これが古筆切である.しかし,後世に制作された偽物・写しも多く混在するため,書写年代が不明のままでは,その高い史料的価値も潜在的なものでしかない.本研究は,こうした古筆切に放射性炭素年代測定法を適用し,史料的な価値を判定するとともに,平安・鎌倉期古写本の少なさゆえに従来は困難であった研究を行うものである.本年度の研究は大きく以下の1~3に分けられる.1. まず昨年度に続き,東大寺二月堂焼経・中尊寺紺紙金銀交書一切経をはじめとして書跡史学の面から書写年代・筆者等の判明している代表的な古筆切の年代測定を行い,その測定例を蓄積した.その結果,奈良時代から江戸時代までの年代既知資料について得られた放射性炭素年代は,それらの書写年代と一致しており,放射性炭素年代測定によって古筆切の書写年代の判定が可能であること,さらに筆者の推定に有効な情報が与えられることを実証した.2. また本年度は,後世に制作された写し・偽物の多い歴史上有名な人物の筆とされる古筆切の年代測定を行った.特に,西行(1118-1190)真筆とされる古筆切は数が少ない.本研究では,後世の写しという結果が得られたものもあるが,西行の時代に符合する結果を示した古筆切が一点確認され,西行の真筆である可能性が極めて高くなった.3. 顕広切は藤原俊成(1114-1204)壮年期の筆とされる古筆切であったが,後世の別人の書であることが年代測定によって示された.顕広切のほかに水無瀬切,鶉切,遠投歌合切など平安末~鎌倉初期とされる古筆切の中に鎌倉末から南北朝という後世のものが含まれていることが年代測定により判明した.
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