研究概要 |
現存する平安・鎌倉期の古写本は完本としては極めて稀であるが,掛軸などに利用されたため断簡としては大量に伝来している.これが古筆切である.しかし,後世に制作された偽物・写しも多く混在するため,書写年代が不明のままでは,その高い史料的価値も潜在的なものでしかない.本研究は,こうした古筆切に放射性炭素年代測定法を適用し,史料的な価値を判定するとともに,平安・鎌倉期古写本の少なさゆえに従来は困難であった研究を行うものである。まず昨年度に続き,建武三年起請文・伝朝野魚養筆大般若経をはじめとして書跡史学の面から書写年代の判明している古筆切,および細川切・香紙切など古来より有名な代表的な古筆切の年代測定を行った.その結果,年代既知資料について得られた放射性炭素年代は,書写年代と一致しており,放射性炭素年代測定によって古筆切の書写年代の判定が可能であること,さらに筆者の推定に有効な情報が与えられることを実証した.また本年度は,伝藤原定家筆大弐高遠集切・伝西行筆五首切などの測定を行い,これらが定家・西行らの活躍した時期のものであるという結果を得た.一方,書跡史学的な視点からは別人の書と考えられる中臣鎌足・小野道風らの古筆切については,放射性炭素年代も数世紀後の値を示し,これら伝承筆者の信愚性の低さが自然科学的にも認められた.さらに,唐紙・金銀切箔紙などに書かれた古筆切,漢字から平仮名に変化する過程にある草仮名で書かれた古筆切についての年代測定を行い,装飾料紙や仮名の変遷に関する知見を得た.また,平安末から鎌倉初期の書風をもつ古筆切の中から,鎌倉後期から室町期の放射性炭素年代をもつ古筆切が見出され,この書風が平安末・鎌倉初期固有のものではなく,後世まで使用されていた可能性が示唆された.
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