本研究は走査トンネル顕微/分光法(STM/STS)によるグラフェンの磁場中電子状態の実空間観測を目的とする。研究には主に我々が独自に開発した超低温STM装置(ULT-STM)を用いる。これは30mKに至る超低温、6Tの高磁場、超高真空という多重極限環境下で動作する装置であるが、グラフェンの物性をその量子極限に至るまで研究するためには、12T以上の磁場が必要である。そこでH22年度は超伝導磁石を最大13Tのものに入れ替え、グラファイト表面の磁場中電子状態をSTS測定した。グラファイトは多層のグラフェンと考えられ、その表面ではグラフェン由来のディラック電子がつくる量子状態と、それ以外の電子がつくる状態が混在しているが、磁場を印加することでランダウ準位として両者を区別することができる。13Tまでの測定により、6Tまでの測定では不明確であった準位の区別が明確になり、グラファイト表面におけるランダウ準位構造についての理解が深まった。 また年度前半はアメリカNISTのグループで、SiCのC面に成長させた多層グラフェンについて、15mKの超低温、14Tの高磁場、超高真空環境下でSTS測定を行った。この試料は層間の相互作用が特に弱いために最表面において単層グラフェンと同様の性質を得ることができる。本研究ではランダウ準位の縮退が解けると同時に、ランダウ準位がフェルミ・エネルギーを横切るときに更に細かく分裂する様子が観測された。グラフェンにおける分数量子ホール効果のSTS測定の可能性を示唆する結果である。 一方、グラフェンを他の原子で修飾することで新しい物性を誘起できる。H22年度はスズと希ガス原子による修飾の二種類の系について予備的な実験を行った。前者では超伝導体であるスズのネットワークが形成され、2次元の超伝導転移と磁場による超伝導-絶縁体転移が起こることを伝導度として測定した。また後者では吸着原子の面密度に依存して状態密度にギャップを形成できる期待がある。ULT-STMを用いた測定の結果、Xe原子がグラファイト上に整合に吸着したときに確かにエネルギーギャップが形成される様子が測定された。
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