研究概要 |
本年度は,研究実施計画に基づき,次の研究課題について研究を推進した。 シクロデキストリン包接錯体内反応の単一分子分光:昨年度までに分子包接現象を示す代表的化合物であるシクロデキストリン(CD)の固体薄膜中において,ペリレンジイミド誘導体(PDI)が顕著な蛍光ブリンキングを示すことを見出してきた。本年度は,そのブリンキング挙動についての更なる詳細な実験および解析を行い,ブリンキングの原因となっている反応過程について考察を行った。CD薄膜中におけるPDIの蛍光強度の時間変化から,蛍光ブリンキング挙動の解析を行い,蛍光が観測されない持続時間(off-time, t_<off>)の確率密度分布P(t_<off>)を多数の単一分子に対して求めた。それらすべてのデータは不均一系における非指数関数的振る舞いを記述するのにしばしば用いられる拡張型指数関数(P(t_<off>)∝exp[-(t_<off>/τ_<KWW>^β])でよく再現され,各τ_<kww>とβから各単一分子のoff状態の寿命τ_<off>を求められた。このことから,この反応ではPDIと反応相手との距離が非常に狭い範囲に制限されていること,すなわち包接錯体内で反応が起こっていることが強く示唆された。PDIのS_0-S_1吸収とT_1-T_n吸収は同じエネルギー領域にあるため,高い光子密度の光励起条件では項間交差が起こると高い確率でT_1-T_n吸収が起こって高励起三重項状態が形成し得る。そこでPDIの励起状態に対する時間依存密度汎関数法を用いた計算を行ったところ,このT_1-T_n吸収のエネルギー領域にn-π^*状態が存在していることが分かった。よって,この高励起^3(n-π^*)状態に励起されたPDIが非常に高速にγCDから水素引き抜き(γCDからPDI誘導体への水素原子移動)反応を起こしていると考えられる。これまでに水素原子移動反応を単一分子レベルで捉えられた研究例はまったくなく,本研究で初めてそれを捉えることに成功したものと考えられる。
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