研究概要 |
申請者はこれまでに、多彩な電子的・光学的性質を有するπ系化合物に着目して、種々の機能性低分子ゲルを開発した。とりわけ、ナフタレンジイミドを基体とした低分子ゲル化剤による精密比色認識現象を見出した(N.Fujita et al.Angew.Chem.Int.Ed.2006, 45, 1592)。すなわち、一次元ゲル繊維は位置異性体を精密に認識可能な、結晶に類似した静的な環境であると言える。従って、低分子ゲル繊維を一次元状の擬結晶と見なすと、この一次元マトリクス内は、適切な分子設計により、様々な分子を精密に認識するホストとなりうる。本申請課題は、上記の成果に端緒を得た"低分子ゲル内における分子認識系"を開拓し、溶液・結晶中での現象を凌駕する分子認識化学を展開することを目的とした。これまでに、ゲル内での分子認識現象に基づくアントラセンの選択的な光2量化反応を発見した。長鎖アルキル基とアミノ基を含む没食子酸誘導体(ゲル化駆動部位)と2-アントラセンカルボン酸を相互作用させ、ゲル状態で紫外線照射を行うと、head-head型の2量化体のみが選択的に生成した。低分子ゲル内における精密分子認識系が発現した結果、選択的な光2量化反応が進行したと考えられる。この現象は低分子ゲルの結晶に類似した性質を反映したものと言える。 本年度はもう一方の性質である、ゲルの動的な側面に着目した。本これまでに低分子ゲルのチキソトロピー現象はほとんど報告されておらず、そのメカニズムについてはまだ解明されていなかった。その大きな理由の一つは、ゲル崩壊後の溶液状態からゲル状態へのリカバリー時間が数秒と、非常に速い為であった。本研究の端緒となったナフタレンジイミドを基体とした低分子ゲル化剤は、非常に低濃度でもチキソトロピー現象を現す。そのため、ゲル崩壊後のゲル状態へのリカバリー時間が数時間~数日に及ぶ。この点に着目し、ゲル崩壊後の溶液状態からゲルが再生するまでの経時変化を、透過型電子顕微鏡を用いて観察した。その結果、ゲル崩壊は、ゲル繊維が力学的刺激による分子解離に基づくものであり、その後分子が集積してゲル繊維が再生することにより、ゲル状態が再度現れることを見出した。分子集合体としてのゲル繊維の動的な性質の一端を見出した。
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