本研究では極めて詳細な電子分光実験を通して、有機半導体薄膜の電子構造の観点から、その背景に広がる独特な電子物性を理解すべく研究を進めている。弱い相互作用で結ばれた分子性固体中の電荷の動きを如何にして捉えるか、電子論として如何に物理的に記述できるかが命題である。光電子分光法という古来の手法を高精度測定を通じて有機半導体の系に斬新に活用することにより、キャリア伝導機構の重要な因子である再配向エネルギーとトランスファー積分の両者に直接的に踏み込むことができる。これまで埋もれていたスペクトルの微細情報をあらわにすることに成功し、有機半導体の移動度の「第一原理測定」法としての分光学的ノウハウを蓄積した。21年度の主な成果としては、有機分子固体が半導体的性質を示す根源を捉えることに成功した。極めて低バックグラウンドの高感度高分解能紫外光電子分光測定を行い、有機薄膜中に本質的に存在しうるバンドギャップ状態密度を初めて検出した。ギャップ準位の分布は価電子バンド端付近ではガウス型、フェルミ端近傍では指数関数型として観測され、指数関数型状態密度はフェルミ準位に達していた。またこれらのギャップ準位は膜の不均一性に主に起因すると結論付けた。つまり有機分子性固体に普遍的に存在する構造不完全性が重要な意味を持つことになる。観測された光電子強度は極めて弱いが、価電子バンドの約1/3000~1/25000の微少強度を議論することが可能となったことで、キャリア伝導機構についての新たな議論の道が開かれたといえる。本内容の一部について「Applied Physics Letters誌」にて発表した。
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