本課題初年度である20年度においては、温調式フローセルの整備を行った後、これを用いた反応速度解析を行った。最初に取り組んだのは、DNA鎖の2本鎖形成/解離の熱力学解析を、昇温・降温時における反応率の変化とその違いを数学的に解析する方法にて行った。このようなモデル的な系(物理化学的解析方法が確立されている数少ない系のひとつ)の測定を通して、マイクロ流体に特徴的な流れの環境である層流中での化学反応性の変化において、どのような作用が効果をもたらしているのかを探った。その結果、反応が加速する系においては活性化エネルギーの縮小、減速する系においては拡大を確認することに成功した。また、この活性化エネルギーの大きさの変化は、分子の大きさや流速に依存するものであった。この点は、活性化エネルギーの変化が層流によってもたらされていることを支持するものであり、層流中での分子の形や配向の変化とそれによる分子と分子の衝突様式の変化を通じ、化学反応速度を調整することができることを示すものである。一方、酵素反応についても検討を行い、層流が酵素反応の効率を変化させる、すなわち反応速度を変化させるメカニズムを明らかにすることができた。一連の酵素反応の段階において、層流は酵素が基質と会合体を形成する効率を変化させ、それに伴って全体の見かけの酵素反応効率を変化させていることが明らかとなった。すなわち、酵素の回転数や反応初速度といった、酵素そのものの化学反応性を変化させるのではなく、酵素と基質の出会いを促進しているということができる。これら一連の研究を通して、層流による化学反応性の変化とは、古典的な化学反応論に関する部分を変化させるのではなく、主に反応に関与する分子と分子の衝突の効率性を変化させることを通して、全体の反応の効率性を変化させていることが明らかとなった。
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