研究概要 |
昆虫類における「翅の獲得」は、生物界随一の多様化の鍵を握る進化史上たいへん重要なイベントである。伝統的に胸部背板が突出した構造として解釈されてきた一方で、近年では最も原始的な有翅昆虫類であるカゲロウ目昆虫が現有している「腹部鰓」を「翅」の前適応として捉える考え、すなわち「翅の鰓起源説」がより強く支持されるようになってきた。カゲロウ類の中でも原始的な一群であり、祖先的形質状態をよく留めているオビカゲロウの胸部付属肢においては、その基部に認められる「鰓」状に突出した構造coxal, subcoxal exitesは位置相同制や発生学的見地から、翅との相同制が強く示唆された。また、アカツキシロカゲロウにおける付属肢形成時に関与する遺伝子群(Distal-less, wingless, vestigial, apterus)などのクローニングおよび発現解析、そしてこの結果をキイロショウジョウバエの付属肢や翅形成時の発現パタン、原始的な無翅昆虫であるヒトツモンイシノミにおけるこれらの遺伝子群の発現パタンとの比較から、昆虫類の翅は、付属肢基部との相同制が示唆されるとともに、これらの原基が分化する相対的な位置(特に、背腹軸に対する相対的な位置)が非常に重要であり、より背側において分化するほど、より扁平で縁部が突出するような(いわゆる翅原基のような)構造を形成することが明らかとなった。この結果は、翅の付属肢起源説を支持するとともに、背板の突出的な要素も部分的に併合したようなシステムであることを示唆するものである。
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