ダイニンは、微小管上を運動する巨大なAAA+型分子モーターである。私たちの細胞内では、細胞内物質輸送、細胞分裂、細胞移動、鞭毛・繊毛運動を含む広範な細胞運動を駆動することで、重要な生理的機能を担うことが明らかにされてきた。しかし、ダイニン自身がどのような分子メカニズムで動いているのかという根本的な問いについては、半世紀近い研究にもかかわらず、多くの未解決問題が残されているのが現状である。 本研究課題は、ダイニンの機能面での解析を進めるとともに、構造面での研究を強力に推進することで、その運動メカニズムの全貌を明らかにすることを最終目標としている。 今年度の研究では、本研究課題の基盤技術となるダイニンの遺伝子操作・組換え体発現精製系の新規開発-改良を成功させた。 具体的な主要研究成果は以下の2点である。 1. ダイニンモータードメインモノマー組換え体の発現精製系改良 ダイニンはその巨大さから、組換え体発現系を構築することが従来非常に困難であった。研究代表者らは細胞性粘菌発現系を利用することで、モーター活性を維持した組換えダイニンを得ることに初めて成功している。本年度はこの発現・精製系の全面的改良を行い、十分なモーター活性(90%以上の分子がアクティブ)をもつモータードメインを大量(2-10mg)かつ安定して得ることが可能なシステムを確立した。また、代謝工学的手法を適用することで、セレノメチオニン等の非天然アミノ酸を導入したダイニンの発現系構築にも成功した。これらの系は主にダイニンの構造研究に大きな貢献をするものと期待される。 2. ダイニンモータードメインヘテロダイマー遺伝子操作系の新規開発 (細胞質)ダイニンは、2個のモータードメインを交互に使いながら微小管上を運動することで細胞内機能を発揮する。したがって、ダイニン運動メカニズムを解明するためには、運動活性をもつ最小領域である上記モータードメインモノマーの研究に加えて、モータードメイン2個を含んだダイマー系での研究が必要である。本年度の研究では、ダイニン分子内の2個のモータードメインを個別に遺伝子操作することが可能な"ヘテロダイマー系"の構築に成功した。この系は、歩行メカニズムに対する様々な研究への適用が可能であり、主にダイニンの機能研究に重要な貢献をするものと期待される。
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