前頭側頭型認知症(FTD)は、社会的にも注目を集めているが、現在もその本態は明らかではない。本疾患で蓄積する凝集蛋白を直接解析し、病態の解明にせまることで根本的治療法の開発を目指すことが本研究の課題である。本年度は、剖検時に、摘出標本の研究目的の使用に関して患者家族に文書での同意を得た運動ニューロン病を伴う前頭側頭型認知症例1例の剖検標本の封入体解析を行った。まず、ホルマリン固定パラフィン包埋脳組織を、LMD用特殊コーティングスライドを用いて5μmの薄切標本を250枚作製した。次に、つくば市ライカ社のレーザーマイクロダイセクションシステムLMD6000を用いて異常蛋白の凝集体と考えられる封入体を、ひとつずつ顕微鏡下にマークして切離を行った。封入体切離は合計7回にわたって行い、約1万個の封入体を切離・回収した。その後、ダイセクトした封入体を、AMR社のLiquid Tissue MS Protein Prep Kitに回収し、ZAPLOUS LC-MSシステムを用いてタンパク質の抽出および質量解析を行った。この質量解析の報告で、dermcidin(DCD)が同定され、運動ニューロン病を伴う前頭側頭型認知症の封入体内にはDCDが含有されている可能性が判明した。DCDは皮膚で産生され、汗腺から分泌される抗菌蛋白として知られ、中枢神経系では橋などに存在することが報告されている。また、近年、低酸素状態あるいは酸化ストレス下にある種々の細胞や、多種の癌細胞において生存因子として機能すると報告されている。一連の神経変性疾患には以前から酸化ストレスの関与が提唱されているが、これまでDCDの蓄積を検討した報告はない。以上から、本年度のこの結果は運動ニューロン病を伴う前頭側頭型認知症の病態解明への新しい知見を得た点で意義があるものだといえる。
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