本研究の目的は、1949年から1953年を対象として、日本における学校体育実践がどのように展開されたかを実証的に明らかにすることである。 1.本年度は、昨年度に引き続き1950年前後の東日本地域における学校体育実践に関する第一次資料の調査・収集を行なった。ここでは、東日本地域における(1)国立大学附属小学校、(2)教育委員会、(3)大学・県・市に設置された教育研究所、(4)教育研究団体(教育職員組合、各県小学校体育連盟など)を対象として、書籍、雑誌、報告書、機関誌、資料を調査し収集を行なった。上記の(1)~(4)に該当する資料を収集できたのが22道県中19県(東京都は平成20年度実施のため除く)である。この中で、(1)国立大学附属小学校関係資料を52件、(2)教育委員会関係資料を35件収集し得た。また、昨年度未発掘であった長崎県の国立大学附属小学校関係資料を2件、京都府の教育委員会関係資料1件を収集し得た。しかしながら、昨年度の調査と合わせると、資料を収集し得ていない県は6県(山形、福井、岐阜、鳥取、徳島、愛媛)あり、来年度の調査・収集の課題としたい。 2.昨年度までに実施した東京都と西日本地域における資料の分析結果を踏まえ、本年度収集した資料を補完して考察を行なった。具体的には、(1)各国立大学附属小学校のカリキュラム(教育課程)、学校体育実践(単元構成)と指導法(指導案)を整理し予備的考察を行なった。この結果、各附属小学校で独自に定めた研究課題に対応する形で、体育科の位置づけ方および学校体育実践が担う役割に軽重の差があることが推察された(2)各地方教育委員会が作成した「学習指導要領」を整理し、当時の文部省が作成した「学習指導要領」と比較・分析を行なった。その結果、中央と地方のズレや祖語、地域間差をある程度認めることができた。上記考察は、次年度の資料調査を踏まえることでさらに補完される。
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