西アジアは世界最古の農耕が発祥した地域とされる。ここではムギ作を中心とした農耕が、約1万年前の新石器時代に出現・展開し、欧州・インド・アフリカ・中央アジアなど周辺地域に拡散していった。アインコルンコムギ・エンマーコムギ・オオムギは最古の栽培植物であるとされている。しかし考古遺跡から発掘された植物遺存体について、これまで栽培型・野生型を判別するための詳細な基準が設けられていなかった。これらムギ類について栽培型・野生型を判別することは、農耕起源のプロセスをあきらかにするうえで極めて重要な調査事項である。このことから本研究では、農耕起源地と目されるシリア・トルコの初期農耕に前後する合計10遺跡余りを対象に、発掘によって出土したムギの小穂軸に刻まれる脱穀の傷痕を鑑定したことで、ムギの栽培型・野生型を判別するための同定基準を作成した。 本同定基準の詳細な説明はここでは避けるが、その分類方法を検討するために、とくにH21年度にはアインコルンコムギとエンマーコムギの現生種の野生種および栽培種をビニルハウス内で育成した。そして山口大学構内の数種の樹木を伐採した丸太から搗き臼を製作して、脱穀の再現試験を行った。遺跡出土ムギ小穂軸とこの脱穀試験による傷跡とを比較検討し、最終的に同定基準を作成した。 本研究によって、発掘調査の際に、研究者間でムギの栽培型・野生型の判別に差異が生じていたことが是正される。すなわちこれまで栽培型ムギが出土したという誤報が多かったが、これが改善されるだろう。植物栽培化のプロセスひいては農耕発祥のプロセスの解明のための、ひとつの基礎が作られたといえる。
|