研究概要 |
ポリ塩化ビフェニル(PCB)の代謝物である水酸化PCB (OH-PCB)はPCBと同様に環境中に遍在している。OH-PCBの毒性影響として甲状腺ホルモンに対する拮抗作用が知られているが,同影響はin vitroで確認されているのみであり,in vivoでの影響はほとんど明らかにされていない。OH-PCBは母体より次世代へと移行することが知られており,移行したOH-PCBが化学物質暴露に対して最も敏感な初期胚に対して何らかの影響を及ぼすことが推測される。前年度までに4-hydroxy-2',3,5,5'-tetrachlorobiphenyl (4-OH-TCB)を1~100ppbの濃度でヒラメの胚に暴露したところ,頭部顔面領域を支配する末梢神経である側線神経と三叉神経の形態異常が引き起こされることが明らかとなった。今年度は,さらに低濃度域での影響を明らかにするために,0.01,0.1,1,10ppbの4-OH-TCBをヒラメの初期胚(受精後24時間)に暴露し,ふ化仔魚(受精後118時間)における末梢神経形成への影響を観察した。また,神経形成異常の原因を探るべく末梢神経伸長のガイダンス因子(Sema3a)のmRNA発現部位の変化をin situ hybridizationにより明らかにした。本試験の結果,4-OH-TCBは0.01~10ppbの濃度範囲においてふ化率や奇形率には影響を及ぼさない一方で,0.1ppb以上の濃度区においてヒラメの頭部,特に眼球の背側の神経線維が網目状に無秩序に走行する形態異常を引き起こした。このことから,4-OH-TCBは外部形態には影響を及ぼさない濃度であっても末梢神経形成には影響を与えることが明らかとなり,最小作用濃度は0.1ppb,最大無作用濃度は0.01ppbであった。神経軸索の伸長に関わるガイダンス因子であるSema3aは通常特定の部位のみで発現し,発生中の神経線維はそれを避けるように伸長することによりまとまった神経束を形成する。しかしながら,4-OH-TCBの暴露によりSema3aの発現・非発現部位の塊界が不明瞭となっており,このことが神経線維の脱束性および無秩序な走行の一因である可能性が示唆された。本研究はOH-PCBが神経系の形成に悪影響を及ぼすことをin vivoで初めて明らかにしたものである。
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