本年度は、古代日本(昨年度より継続)および中世日本における「死者」の研究を行った。 古代日本については、まず『日本霊異記』の「死者」黄泉がえり説話の前提となっている霊魂観について解明し論文化した。これは従来不明であった、なぜ仏教的要素のない上巻第一説話が、最古の仏教説話集の冒頭に置かれているかという問題を解明したものといえる。仏教学研究では否定的にのみ扱われてきたことであるが、日本仏教の前提に「霊魂」があるということを改めて積極的に評価すべきであることに注意を促した。本論文に関連して、奈良の旧豊浦寺、雷の丘他の景観調査、寺社調査、資料調査を行った。 次に、『万葉集』挽歌における「死者」について研究し、倫理思想史的に未開拓の分野への研究視角を得た。『万葉集』挽歌には二つの始まりがあり複雑な構造をもつが、あくまで仏教以前の「死者」ないし霊魂のあり方において挽歌を開始したうえで、改めて聖徳太子を呼び起こし仏教的な鎮魂様式をもちこむ構造となっていることが明らかとなった。 中世日本については、まず謡曲『敦盛』・『八島』における「死者]鎮魂のあり方の二極について研究した。『敦盛』ではひたすらに自らの救いを求める敦盛の霊魂と敦盛をこそ救おうとする直実の呼応が見られるのに対して、『八島』では救われる気のない義経の霊魂と救う気のない旅の僧の呼応が見られる。「死者」鎮魂を主題とする他の謡曲群はこの二極の間に位置づけられ得るという展望を得た。 次に、『源氏物語』の「死者」について、玉鬘物語を素材として「玉鬘の宿世-『源氏物語』「藤袴」巻・「真木柱」巻」と題する研究会発表を行った。玉鬘が大宮という死者を背負い始めることで、そもそも夕顔という死者を背負っていたことを呼び覚ますことなどについて発表した。 なお、昨年度の研究成果『平田篤胤-霊魂のゆくえ』(講談社)が日本倫理学会の和辻賞(著作部門)を受賞した。
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